ちび太郎のさるく日記

生まれ育った長崎と転勤先を中心に、カメラ片手に思いつくままあちこち歩き回っています。
見慣れた景色の中に新しい発見や、忘れてしまったものがころがっています!
確認不足による誤記も多いと思います、お気軽にコメントを頂ければ幸いです。


掲載物の無断転載複写・複製等はお断りします。

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ブログのお引っ越し [2009年11月27日(金)]

「申し訳ありません・・」

お世話になっているドリコムさんがブログを止めることになり、ブログの一括引っ越し作業を行いました。


これまでの記事も総て移行しておりますので、新しいサイトでご覧下さい。


せっかくご訪問して頂いた皆様、お手数ですが再度下記をクリックお願いします。



お手を煩わせ大変申し訳ありません!

新しいサイトはこちらをクリック→ 「ちび太郎のさるく日記


Posted at 18:04 | 日常 | この記事のURL | Clip!!

自衛隊記念日(大村市西乾馬場町) [2009年11月25日(水)]

撮影日:2009(H21).11.23

『日常における非日常・・・。』


寝起きのバカ面でボケーと朝飯を食っていると、遠くから ド〜ン・ド〜ン と大きな音が響いてくる。

運動会などで打ち上げられる花火とは異質な音・・・。しばらく鳴りやむこともなく。

ド〜ン・ド〜ン 大砲の音、パタ・パタ・パタ ヘリの音、そして平和団体の声・・・。

rikuji1.jpg



「あ〜自衛隊の式典か!」と思いネットを覗いてみると、案の定、大村駐屯地で「陸海空自衛隊合同記念日の式典」が行われている。

小さな地方都市大村で、一体何が行われているのか?

今日は特に用事も無いので、初めて自衛隊記念日に出かけてみることにした。

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勾配20%のオランダ坂にあったもの(長崎市大浦町) [2009年11月22日(日)]

『煉瓦壁面、謎のS字金具』


洋館の建つ石垣に、秋の深まりを感じる季節になりました。

そんな大浦のオランダ坂で見つけたもの・・・。
ooura1.jpg


不思議なS字金具。


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Posted at 23:10 | 風景写真 | この記事のURL | Clip!!

池島雑感(長崎市池島町) [2009年11月18日(水)]

撮影日:2009(H21).11.15

『この海の底深く・・・』


特にネタもないので、前回の「遊〜(ゆうゆう)松島」に向かう途中で撮った池島の写真です。
似たような写真ばかりでスミマセン!


池島の前にある三つの島は、右から小角力、母子島、大角力。
写真左奥に写る二つの島は、右が小蟇島、左が大蟇島(ひきしま)。

大蟇島には昭和51年の鉱区開発により、入気立坑および排気立坑の掘削が行われた。
設置された1,000kwのプロペラファンは、入気量1万2,000立方mの新鮮な空気を坑内に送った。

池島と大蟇島は風の道でつながっている。
この海の底深くには人間が歩いた道がいくつもある。

蟇島は無人島で容易には上陸できない。いつか行ってみたい島。

写真下に写るRC住宅、ずいぶん前から建っていたような記憶がある。景色は最高だろうな〜!っていつも想ってた。
現在は空き家のような気もしたが・・・。
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大蟇島の航空写真。上部には入気立坑が完成している入気・排気のどちらかは不明。入気立坑はS51、排気立坑はS54に完成。(国土地理院より)
oohikisima.jpg



池島の左端に第2竪坑櫓が見える。竪坑は海面下650mまで垂直に下り、そこからさらに水平坑道が炭層を追って何本も延びている。

移動には動力車で牽かれる人車、マンベルト(人員専用のベルトコンベア)に乗って移動した。移動だけで数時間を要する切羽(採炭現場)も多かった。

最盛期、7,000人を抱えたRCアパート群が見える。
ikesima2.jpg



話は大きく変わって、11/13付 日経新聞1面に 「中国、石炭を国家備蓄」 の文字
nikkei11.13.jpg


世界最大の石炭生産国である中国で、輸入が輸出を上回ることが確実な情勢になったと。
にわかに信じがたい内容である。

中国ではエネルギー消費量全体の7割りを石炭が占めている。

中国における輸入急増の背景には、
炭鉱事故の頻発で生産量が延びないこと、世界的な景気低迷で輸入価格が国内価格よりも安くなり、電力・鉄鋼会社が輸入量を増やしたこと、併せて中国国内の工業生産が好調であり消費量が増加したことがある。

中国がさらに備蓄のための石炭調達を行えば、国際市場相場も高騰し原材料コストは上昇、日本への影響も懸念される。

日本での石炭は、炭鉱閉山により遠い過去の産物のように思われがちだが、何と日本は世界最大の石炭輸入国であり、国内のエネルギー消費量全体の2割強を石炭が占めているのが現実!

そこで、日本が世界に誇る技術をもって、今も眠る埋蔵石炭の開発に再び着手する。

「軍艦島復活!池島炭鉱復活!!」日本を救うには炭鉱の再建しかない。

本日、ネタ切れのぼやきでした・・・。
Posted at 20:06 | 炭鉱関連 | この記事のURL | Clip!!

「遊〜(ゆうゆう)松島2009・マイペースウォーク」 [2009年11月16日(月)]

撮影日:2009(H21).11.15

『こんなに頂いて宜しいのでしょうか・・・!』


昨年に引き続き「遊〜(ゆうゆう)松島」に参加してきました。

コースは約10kmの「遠見岳コース」、昨年と同様の最長ルート。約2時間半のウォーキングです。

大村の自宅を6時半に出発、時津〜新漁港経由で大瀬戸、市営渡船に乗って「松島」到着です。所要時間1時間半といったところでしょうか。

yuyu01.jpg


小さな島のウォーキング大会ですから、写真も昨年と似通っています。

でも、今回はウォーク終了後の「松島特産品抽選会」で、それはすごい品を頂きました!
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初代南極観測船「宗谷」(長崎市香焼町) [2009年11月13日(金)]

『香焼で建造され、数奇な運命を辿った船』


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テレビ・新聞等で4代目南極観測船 新「しらせ」 が南極観測隊支援のため東京を出港したと報道されていました。

そこで今日は、長崎で建造された 初代南極観測船「宗谷」について、久しぶりに香焼町関連ネタとして記載します。

宗谷は1956(S31)年、わが国初の南極観測船として、南極観測を成功に導いた船として有名ですが、実はこの船が建造されたのは戦前の1938(S13)年、ソ連発注の耐氷型貨物船(船名=ボロチャエベツ)として、香焼にあった川南造船所で建造され進水しました。

しかし、事情(戦局に対峙する海軍の意向が強かったようです)により、ソ連への引渡は行われず、「地領丸(ちりょうまる)」の名で竣工し、その後、1940(S15)年に海軍に所属、特務艦(とくむかん)「宗谷」が誕生しました。

その後、奇跡的に太平洋戦争の戦火をくぐり抜け、大陸からの引揚げ船、灯台補給船の任務を遂行、南極観測船に大改造され6次に渡る南極観測隊として就役、さらに巡視船として活躍しました。

現在は東京・お台場「船の科学館」に静かに錨を下ろし、一般公開されています。


川南造船所本体は現在の三菱造船所敷地にあったのですが、倒産後解体されているので遺構が残っているかは不明です。

下の写真は香焼町にある「長崎総合科学大学発祥之地」記念碑です。川南造船所は昭和17年「川南高等造船学校」をこの地に創立し、技術者の養成にあたりました。造船学校はS36に長崎市網場町に移転し、現在は長崎総合科学大学となりました。
resize0070.jpg


また、川南工業が香焼の対岸深堀に造った「深堀造船所」は、林兼造船所・長栄造船所を経て、現在は「福岡造船長崎造船所」となっています。

廃墟マニアの間で有名な佐賀県伊万里に残る「浦崎造船所」の様子はこちら→内部リンク



「宗谷の歴史」

・1937年 ソ連が発注した耐氷型貨物船の三隻の1隻で「ポロチャエベツ」として、川南工業香焼造船所で起工。

・1938年 国際情勢悪化でソ連へ引き渡されず、民間貨物船「地領丸」として竣工。
      大連を基地に、天津、青島、上海など中国を回り、主に雑貨を運搬、函館を基地とし、
      カムチャツカ半島の島のカニ工場を結ぶ航路に就く。

・1939〜1945年 海軍特務艦となり「宗谷」と改名。戦中は測量・輸送業務に従事。

・1945〜1948年 在外邦人の引き揚げ船となる。3年間で19,000人を運ぶ。
          ひょっとして私の親父も「宗谷」に乗って帰国したかも・・・。
    
・1949〜1955年 海上保安庁の灯台補給船となる。
          全国の有人灯台に燃料、生活物資等を運搬した。

・1956〜1961年 南極観測船へ転用が決まり、6次に渡る南極観測業務に従事。 樺太犬、タロ・ジロの物語もこの時生まれる。
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・1962〜1978年 海上保安庁の巡視船として、1978年10月まで北海道で活躍。


宗谷の古写真は、「日本海事科学振興財団編、海事科学知識の普及啓蒙活動、日本財団図書館」より許可を得て掲載。

「川南造船所」「宗谷」に興味のある方は日本財団のHPをご覧ください。詳しい情報と写真があります。→外部リンク


そろそろ、眠っている香焼ネタも出そうと思いますが、写真よりも下手な説明を書くのが億劫で・・・。ぼちぼち頑張ります。

しあわせ街道(佐賀県鹿島〜長崎県大村) [2009年11月09日(月)]

撮影日:2009(H21).11.07

『4のぞろ目でしあわせ・・・ 国道444号』


4が重なっているから「しあわせ」。そう言われれば何となく納得できるR444号。

東与賀で「シチメンソウ」を見たので、久しぶりにR444通って自宅に戻ります。

R444は鹿島から多良山系直下の「平谷黒木トンネル」を通って大村に通じます。
大牟田での勤務時代は、高速を使わず大川を経由し鹿島に入り、よく使ったルートでした。

周辺には農村と山や川、四季それぞれの美しい風景と自然を感じながら走ることができます。


写真は鹿島側の能古見地区、山間の農村風景です。
わらぶき屋根の農家や、清酒「能古見」の馬場酒造場が少し下流域にあります。
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Posted at 19:05 | 風景写真 | この記事のURL | Clip!!

シチメンソウ(佐賀市東与賀町) [2009年11月07日(土)]

撮影日:2009(H21)11.07


『塩生植物の紅葉』

東与賀海岸の「シチメンソウ群」が紅葉していると聞いたので、今日は寄り道して長崎に帰ることにしました。

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「シチメンソウまつり」が催される日でしたが、早朝であったため訪れる人も少なくゆっくり観察できました。

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Posted at 22:57 | 風景写真 | この記事のURL | Clip!!

支えあうもの(長崎市新大工町) [2009年11月04日(水)]

新大工町電停、チンチン電車が走る長崎の日常風景。

そんな当たり前な風景の中、いつもと違うのは保線工事をやっていること。

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「レールを枕木が支え、枕木をバラストが支えている」

そんなことは常識!と言われそうだが、JRのむき出しの線路ならまだしも、チンチン電車の石畳の下で、しっかりレールを支える枕木と砂利があったことが妙に新鮮だったのです。

石畳(今はコンクリも多いが)だって道路とレールの段差を解消し、人や自動車には踏みつけられ、保線作業時には剥がされる重要な役目を担っているんですよね。
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大したネタではありませんが、当たり前だからこそ忘れてはいけないものとして取りあげてみました。

私も誰かの支えになれるようしっかりしないと!
Posted at 20:21 | 日常 | この記事のURL | Clip!!

長崎雑感(長崎市浜町周辺) [2009年11月02日(月)]

撮影日:2009(H21).10.30

『どうでも良いような発見だけど・・・』


行楽の秋だというのに野暮用に追われ、ゆっくり休日を過ごす暇がない。

でも、今日もせっかく長崎までやってきたのだから、用事の合間を縫ってちょっとだけ浜ん町周辺をさるいてみました


浜市アーケードに繋がる中島川に架かる「鉄橋」、正式名称は銕(くろがね)橋。

そんな「鉄橋」の中央、上流側欄干横にこんな裸婦像が立っている。
よく見るとかなり官能的なポーズにも見えるのだが、立ち止まって見る人もおらず。
あまりジロジロ見るもの気が引けたので、作者、タイトルの確認を失念。
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触れると変質者に疑われる事、間違いないような気がする。

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Posted at 19:37 | 日常 | この記事のURL | Clip!!
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